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【福岡市】幕末に活躍した福岡藩士 平野国臣を祀る平野神社

福岡市の「地行」交差点の近くに幕末に活躍した福岡藩士 平野国臣を祀る平野神社があります。


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▲ 場所はこちらです。


▲ 入口部分に「平野国臣先生誕生地」と書かれた石柱があり、案内看板にはこう書かれていました。

幕末の志士平野國臣を祭る神社です。國臣は文政11年(1828年)福岡藩足軽平野能栄の次男としてこの地に誕生、国学を学び、武術・和歌にも優れた才能を開花しました。安政5年(1858年)幕末動乱の世を案じ、国家統一・勤皇の志を抱いて脱藩。各地の同志を訪ね、尊皇攘夷運動への結集を図りました。文久3年(1863年)但馬生野で討幕挙兵するも失敗。翌年京都六角獄にて刑死、37年の生涯でした。「我胸の燃ゆる思ひにくらぶれば烟はうすし桜島山」は國臣が詠んだ有名な和歌です。


足軽の子として生まれた平野国臣でしたが、昔風の服装で烏帽子をかぶって歩きまわったりして、超絶変わり者だったようです。

思想としては尊王攘夷で、西郷隆盛などと交流がありました。

→ こちらのページを参照:福岡市の親不孝通りに西郷隆盛がいた!?
http://y-ta.net/saigo-takamori-oyafuko/


▲ 平野神社の拝殿です。


▲ 拝殿の横には「我胸の燃ゆる思ひにくらぶれば烟はうすし桜島山」と書かれた碑があります。

これはそのままの意味で訳すと「私の胸の中の燃える思いと比べたら桜島の煙は薄いものだ」という内容ですが、薩摩藩に対する皮肉や失望が表現されています。「烟はうすし桜島山」の桜島山は薩摩藩のことを表しています。

幕府を倒したほうがよいと考えていた国臣は薩摩藩に協力するように申し出ましたが、幕府を恐れた薩摩藩は国臣を追放してしまいました。その時に詠んだ歌だそうです。


▲ 鹿児島のお土産物屋さんに行くと よく西郷隆盛が「我胸の燃ゆる思ひにくらぶれば烟はうすし桜島山」と詠んでいるようにデザインされたグッズがありますが、薩摩藩を皮肉る歌なのでこれはちょっとマズいです。いや、まあ表現したいことはわかりますけど 苦笑

【参考文献】
Wikipedia平野国臣

平野国臣 (西日本人物誌)
小河 扶希子
西日本新聞社
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【こぼればなし】

平野国臣は漫画「るろうに剣心」の主人公 緋村剣心のモデルとなった河上彦斎とも交流があったのだそうです。

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Y氏こと山田孝之が福岡のちょっと変わった観光スポットや路上ネタを紹介します。著書:福岡路上遺産(海鳥社)
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