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糸島マニアック日帰り観光

糸島で地元の人しか知らない・・・いや、地元の人も知らないマニアックすぎる日帰り観光をしてきました。Eye
▲ 先日、「久留米マニアック日帰り観光」に行ってきました。

今回はマニアック観光の糸島編です。

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▲ 糸島で観光といえば定番なのが二見ヶ浦周辺ですね。

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▲ 海岸沿いにオシャレなカフェが建ち並び、福岡市の中心部からのアクセスも良いので天気の良い日にはドライブやツーリングの人たちで大変にぎわっています。

ちょうど関東でいうところの湘南みたいな感じでしょうか。

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▲ また、糸島はその環境の良さから移住先としても人気を集めています。

僕が東京から福岡県糸島市へ移住を決めた14の理由
「移住したい町No.1」福岡県糸島市の魅力
今、移住先としても注目を集めている糸島。その魅力に迫るべく、一日かけて糸島を巡ることにした

そんな糸島ですがいったいどんなマニアックなスポットがあるのでしょうか。

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▲ 今回糸島のスポットを案内してもらうのは「唐津街道歴史研究所」を運営されている有田さん、そして志摩歴史資料館の河村さんと河合さんです。

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▲ まず有田さんと待ち合わせたのが筑前前原駅。

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▲ そこから歩いて数分の旧唐津街道にやってきました。

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▲ 着いてすぐでしたが腹ごしらえにこちらの大衆食堂「角屋食堂」へ。

創業は大正10(1921)年頃とのことで100年近くの歴史がある老舗です。

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▲ 中はこんな感じで昭和そのままな雰囲気。

レトロ好きにはたまらない空間です。

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▲ この食品サンプルも昔ならではでGOODです。

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▲ 一番人気なのがこちらのポークケチャップ定食。

熱々の鉄板に分厚く切られたポークステーキが!

ダシのきいた味噌汁も最高でご飯がすすみます。

付け合せもひとつひとつクオリティが高い。

これはウマすぎる・・・。

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▲ 次に有田さんが案内してくれたのがこちらの旧西原邸の建物。

西原家はロウソクの製造や醸造業、金融業などを行う商家で、「綿屋」という屋号で商売を行い糸島地方で屈指の商家として栄えました。

黒田家へ財政面でのサポートも行ったことから大きな力を持ち発展していったのだとか。

現存している建物は安政2(1855)年に建てられたものだそうで非常に歴史があります。

現在は「古材の森」という古民家カフェとして使われています。

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▲ 有田さんはこの古材の森の関係者なので内部を案内してもらうことができました。

こんな洒落た構造の建物が100年以上前に建てられたとは驚きです・・・。

有田さんが「面白い落書きがある」とのことで白壁に書かれた落書きを見せてくれました。

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▲ それがこちら。「大日本」とか「バカなり」など時代を感じさせる文字が!

「バカなり」ってなんかイイですね〜。

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▲ その他にも昔使われていた釣り竿や江戸時代の年号が書かれた箱などいろいろ面白いものを見せてもらうことができました。

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▲ 次は志摩歴史資料館へ移動。(写真は志摩歴史資料館のfacebookより)

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▲ ここでは古代の糸島のことや埋め立ての歴史などをみっちり学ばせてもらいました。

ネタバレになってしまうのであえて写真は載せませんが、古墳のレプリカが面白い見せ方をしています。

様々な方向から遺骨がどのように埋葬されていたかが分かるようになっていて興味深いです。

横、真上などからはもちろん、下からも見れるようになっていて、こういう見せ方をしているのは珍しいのではないかと思います。

埋葬される人目線という感じです。

リアルに再現された骨がけっこう怖いので子どもたちが肝試しに来ることもあるのだとか。

あと、古墳を再現したものの中に入ることもできます。

ここ最近、棺桶に入って死について考えるという「入棺体験」が流行ったりしていますが、志摩歴史資料館ではそれの古代バージョンが体験できるというわけです。

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▲ さて、ここからは志摩歴史資料館の河村さんと河合さんも合流してさらにマニアック度が増していきます。

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▲ まずはこちら。・・・何やら巨大な石が・・・。

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▲ 反対側にまわってみると鳥居があります。

ここは大石神社という巨石を御神体とする神社なのだそうです。

住宅地にど〜〜んと巨石が現れるのでなかなか迫力あります。

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▲ その割に上にある祠は、ちょこんとミニサイズで申し訳程度に置かれているので、なんだかカワイイです。

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▲ それにしてもこんなにデカい岩をいったいどうやって運んだのでしょうね??不思議です。

有田さんの推測ではこのあたりは干拓地でこの大石神社周辺まで海が広がっていたので、海岸にもともとあった巨石をこうして祀っているのではないかということでした。

糸島の海岸には巨石が多いのが特徴なのでその説は信ぴょう性が高いかもですね。

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▲ あと、賽銭箱が貯金箱みたいな変わった形でした。これなら絶対に盗難にあわなそうですね。

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▲ ちなみにこの場所は良質な石が採れる可也山(かやさん)のふもとにあり、可也山の中腹部分には江戸時代の採石場跡も残されているのだそうです。

山の大半が岩なので地盤がかなり頑丈で、住宅地として開発する時にかなりの爆薬が必要だったという逸話も残っているそうです。

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▲ 次に案内してもらったのが小富士地区にあるこちらの石碑と・・・土管?

実はこれ、軍事施設が関係しているらしいです。

あまり知られていませんが、糸島には戦時中に大規模な海軍航空基地が置かれていて、この周辺には「小富士海軍航空隊」の関連施設が多数あったのだそうです。

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▲ この土管は航空隊の施設に水を運ぶ管の痕跡で、高低差を使ったサイフォン式の給水施設だったと考えられているそうです。

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▲ 近くには「小富士海軍航空隊之跡」の碑も建てられていました。

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▲ その碑が建てられている県道54号線はこの小富士海軍航空隊が使っていた滑走路の跡だという説もあるのだそうです。

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▲ こんなにものどかな景色が広がる場所にかつて軍の施設があったなんて信じられませんね・・・。

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▲ そしてさらにビックリなものがこちらの茂みの中にありました。

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▲ よく見るとかなり古い木造の建物が見えます。

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▲ 物置に使われているようですが、近づいてのぞいてみると・・・・

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▲ いくつもの部屋がある立派な建物だということがわかります。

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▲ この建物は航空隊の兵舎跡で、病院として使われていたという説もあるのだそうです。

糸島の海軍航空隊基地は秘匿基地だったことから資料なども少なく、詳しいことが分からず謎な部分が多いのだとか。

大刀洗などは知っていましたが糸島にもそういうものがあったとはぜんぜん知らなかったな・・・。

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▲ 県道54号線を西へ行き、途中から分岐している堤防沿いの道を進んでいきます。

[map addr=”福岡県糸島市志摩久家3301”]
▲ 場所はこのあたり。福岡県糸島市志摩久家3301

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▲ 堤防の北には広大な田畑が広がっていますが、この辺りは江戸時代に埋め立てられた干拓地だそうです。

これだけの土地を重機もなかった時代によく埋め立てたものですね・・・。

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▲ 左手に海があり、堤防を挟む形で川のようなものが流れています。

これは海面より土地のほうが低くなる時に塩分濃度の高い水が田畑に入り込んでしまうため、塩抜きの池として作られているものなのだそうです。

言われないと何も気づかないですが、ちゃんと役割があるんですね。

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▲ そこから志摩久家の住宅地を進んでいくとこんな門柱があらわれます。

[map addr=”福岡県糸島市志摩久家439”]
▲ 住所は 福岡県糸島市志摩久家439 付近

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▲ 門柱には「小倉陸軍兵器補給廠小富士常駐班之跡」とあります。

これまた驚きなのですがこの場所には大規模な燃料貯蔵庫がありガソリンなどを戦線に運ぶための補給基地になっていたそうです。

また銃火器なども多数保管されていたそうです。

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▲ 当時のものかは不明ですが門柱の足元には鉄の筒が落ちていました。

調べてみると何かわかるかもしれませんね。

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▲ 近くには防火水槽の跡も残っていました。

燃料貯蔵庫だったからでしょうか、かなりの幅と深さがありました。

万一の自体に備えて防火水槽が多数作られていたのでしょうね。

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▲ 次に向かったのがこちらの家。

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▲ ここにお住まいの中田さんは玄界航空基地の研究家で自宅の一角に資料展示室を作られています。

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▲ 中には貴重な写真や資料の数々が。

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▲ 中田さん自らが発見した遺構や見て回ったものの写真が多数展示されています。

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▲ また、オリジナルのマップも制作されていて玄界航空基地の概要がつかめます。

軍事施設が一帯に点在していてちょっとした軍事都市の様相を呈していたことがわかります。

しかし個人でここまで調査されたとはスゴイです・・・。

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▲ こちらの水上飛行場格納所へ飛行機を運ぶレールは中田さんが発見されたものの一つです。

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▲ 玄界航空基地には「瑞雲」という水上爆撃機がメインであったこと、宿舎には周辺の民家が使われたことなど、基地に関する情報を詳しく教えてもらうことができました。

糸島にそんなに大規模な軍の施設があったとは全く知りませんでしたので驚きの連続でした。

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▲ 最後に向かったのが船越湾の南側に突き出た「箱島」。

[map addr=”福岡県糸島市二丈浜窪86”]
▲ 場所はこちら。福岡県糸島市二丈浜窪86

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▲ 当然無人島なわけですが、驚くことにかつてはここに料亭があり、いくつもの建物があったのだそうです。

このあたりの情報は案内してくれた有田さんの「唐津街道歴史研究所/名勝 箱島」のページに写真付きで詳しく紹介されています。

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▲ パノラマのオーシャンビューで可也山も美しく見えることから大正時代〜昭和初期にかけて行楽地として人気があったそうです。

あの柳原白蓮も箱島をいたく気に入り、島ごと買って欲しい!と夫で炭鉱王の伊藤伝右衛門におねだりしたそうな・・・。おねだりの規模が違うな、やっぱり。

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▲ そして有田さんが言うには料亭の建物の痕跡が今でも残っているそうです。

どこにもそんな様子はありませんが・・・。

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▲ その痕跡が鳥居の左にあるこの岩。

わかりますか??

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▲ よ〜く見ると岩に柱の跡が残っているんです。

有田さんの紹介ページの写真を改めて確認してみると、確かにこの岩の上に建物が建っています。

しかしまあこんなところによく建てたものですね・・・。

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▲ 現在は箱島に向けてコンクリートの橋がありますが、昔は木製の橋があり、その柱がはめこまれていた穴も橋の下に複数残っていました。

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▲ さらに面白いのが箱島横の砂浜。

この砂浜、ちょっと黒くなっているのですが、これは砂鉄が混ざっているからなんだそうです。

砂を集めて軽くふるいにかけるだけで簡単に砂鉄が集めることができるので、古代には製鉄の原料として使われていたのだとか。

これもぜんぜん知らなかったな・・・。

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▲ この狭い範囲だけでたくさんの見所があって楽しすぎる!

ネタの宝庫です。

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▲ やっぱり糸島スゴイよ!

そんなことを考えながら砂浜を歩いていると・・・

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▲ え・・・?なんかいる!

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▲ ここです、ここ!

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カブトガニだ!!!

スゲ〜!初めて見た〜!!

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▲ しかもデカい!

このカブトガニはすでにお亡くなりになられていましたが、志摩歴史資料館の河村さん曰く、近くに住んでいる人もめったに見れないとのこと。

これはかなりレアな体験ですね〜。

食べれるんですか?と聞くと身はほとんど無いので味噌汁などのダシに使われていたことはあるのだそうです。

でも今は天然記念物なので食べたりはできないと思います。たぶん。

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▲ 河合さんいわく、今いる船越湾と東側にある今津湾はかつてつながっていたという説があるそうですが、船越湾に生息しているカブトガニと今津湾に生息しているカブトガニのDNAは全く異なるものなので二つの湾がつながっていたという説は否定的になったそうです。

さすが生きている化石、そんなことまで教えてくれるんですね。

Eyecatch
▲ 糸島のマニアック観光いかがだったでしょうか?

案内してくれた3人がおっしゃるにはまだまだネタがたくさんあるそうなので、もう一回ぐらい行ってみようかと思います。

いつもとちょっと違う糸島を体験してみたい人は今回紹介した場所に行ってみるといろいろと勉強になったり発見があったりするかもしれませんよ。

Y氏(山田全自動)
ふるほん住吉店主:Y氏(山田全自動)
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福岡で古本屋「ふるほん住吉」の店主をしつつ、ブロガー/イラストレーター/執筆業などをしながら自由気ままに暮らしています。著書:福岡路上遺産(海鳥社)、福岡穴場観光(書肆侃侃房)、山田全自動でござる(BOOKぴあ)など
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