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【清川】福岡市中央区清川にある不思議なロータリーからみる福岡の歓楽街の歴史

福岡市中央区の清川にちょっと気になるロータリーがあります。

ロータリーの場所


▲ ロータリーの場所はこちら。住所:福岡県福岡市中央区清川2丁目12−8 周辺

▲ 駅前というわけでもありませんし、何か施設があったような場所でもないようです。

特にここにロータリーを設置する必要性が見当たりませんが、なぜこの場所にロータリーがあるのでしょうか。

その近辺の建物は妙に味のある雰囲気のものが多いようです。

ちょっと気になる・・・ということでこの近辺について色々と調査してみました。

「新柳町」という九州でも有数の夜の歓楽街だった清川

現在、福岡の夜の歓楽街といえば中洲ですが、以前はこの近辺が栄えていたそうです。

地名も現在の「清川」という名前ではなく「新柳町」という名前だったようです。

長崎丸山熊本二本木と並ぶ規模の大きな歓楽街で大変賑わっていたそうです。

しかし、「新柳町」というようになぜ「新」が付くのでしょうか?

更に調べました所、福岡の花街の歴史について詳しく記されたものを見つけました。

江戸期から博多の花街は那珂川河口部の須崎浜付近に散在しており、慶長年間、それらを竪町浜東部に集約し、京都万里小路の柳町に倣い「柳町」と称しました。(中略)
「柳町」の遊郭は明治42年に医科大学(現・九州大学医学部)の設置が決定し、住吉村の「新柳町」に移転。医科大学は44年に新設されています。旧地の柳町は「新柳町」に対して「旧柳町」と改称され、跡地は大浜小学校が建設されました。(中略)
「新柳町」のほうの新しい遊郭はこの大空襲(著者追記:福岡大空襲)で町の半分が消失、翌21年に特殊飲食街(俗に「赤線」)として再興、発展していきました。
一時期は大全盛を極めた「新柳町」も、昭和33年の売春禁止法施行により特殊飲食街は廃止されました。現在でも、料亭「三光園」などの建築様式に往時の全盛の面影が垣間見えます。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1267135017 より引用


▲ 昭和2(1927)年発行の「福岡市街地図」を確認してみると、確かに「新柳町」「遊郭」と書かれています。

そして、このロータリーがある通りは「大門通」という名前だったようです。

江戸の花街、吉原にも「吉原大門」という地名があります。

これは花街と外の世界を隔絶するために大きな門を設置していたものの名残だそうです。

おそらく新柳町の方も同じように大門で外の世界と花街を区切っていたのでしょう。

ロータリーに関する都市伝説

清川のロータリーについて調べていると、色々な所で
この場所には元々井戸があり、死亡した遊女や病気で働けなくなった遊女を投げ込んだ
といった旨のことが書かれています。

福岡でも有名な心霊スポットらしいです・・・。

そのため、井戸だった場所を撤去することができずにロータリー化しているという都市伝説があるようです。

都市伝説は本当か

しかし、こんな道の真ん中に井戸があるということは不自然に思えます。

↑【5月28日追記】修正します、詳しくは下記にて。

新柳町の古写真をいくつか見つけました。

http://machiwalk.exblog.jp/iv/detail/index.asp?s=13413265&i=201004/14/83/f0232783_8581676.jpg
http://www.nogai-soko.com/ehagaki/fukuoka/img/sin-yanagi001.htm
http://www.nogai-soko.com/ehagaki/fukuoka/img/sin-yanagi002.htm

▲ 道幅から推測すると、おそらく ロータリーがある「大門通」の写真だと思われますが、この当時からかなり見通しの良い道だったことがわかります。

こんな場所に井戸があったとしたら邪魔でしょうがないと思います。

↑【5月28日追記】修正します:複数の方から井戸らしきもの(手押しポンプ?)があったとの証言をいただきました。井戸は実際にあったようです・・・。訂正します。また、鉄道の名残という声もありましたが、西鉄福岡市内線の柳橋駅は近代福岡市街地図で確認する限りでは柳橋連合市場付近にあるような気がします。う〜ん・・・もう少し詳しく調べてみたいと思います。ご存知の方がいらっしゃったら@ytanetまでお教え頂けましたら嬉しいです!(修正ここまで)

また、わざわざ こんな誰からも目に付くようなところに死体や病人を投げ込むでしょうか?

そう考えるとこの都市伝説は極めてあやしいです。

なぜロータリーが設置されているのか

日本では昭和30年以前、各地で数多くのロータリーが設置されました。

信号を設置する必要がないことや、事故を減らすことができるメリットがあったためです。

ロータリーを設置すると、車は自動的に速度を落とさざるを得ません。

新柳町の大門通が歓楽街として栄えていたということはかなりの歩行者がいたと思われます。

しかもお酒を飲んだりしているはずなのでふらふらです。

そんななかに車が速いスピードで入っていったら事故が多発するはずです。

そのため、ロータリーを設置することで車のスピードを落とさせるような仕組みにしていたのではないでしょうか?

また、不用意に車が歓楽街に入って行かないために迂回路を準備していたとも考えられると思います。

昭和33年の売春禁止法施行により特殊飲食街が廃止されたことで新柳町は衰退し、人通りも少なくなったため、このロータリーの必要性はなくなったが、ロータリーだけはそのまま残された、ということではないでしょうか?

まあ、あくまでも私の推測ですが・・・。

歴史の語り手として

この近辺には味のある建物がたくさん残されています。

▲ このロータリー横の電気屋さんもかなり往来の雰囲気を残す建物です。

▲ 近辺を歩いてみると、艶っぽい建物をたくさん発見できます。

▲ この建物なども大変歴史を感じますね。

▲ 川沿いにある料亭「三光園」もかなり雰囲気あります。

その他にも色々と味のある建物があるのですが、しばらくして再度行ってみると取り壊されていることもあり、大変残念に思えます。

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▲ 例えばこの「小松屋」。

▲ 小松屋はこちらの写真奥の空き地周辺にあったそうです。

わりと最近まで残っていたそうですが、現在は跡形もなく消え去っています。

▲ かつての繁栄の面影を残す遺産としてこのロータリーはぜひ残してもらいたいですね。

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博多風俗史〈遊里編〉 (1968年)
井上 精三
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【参考文献】
・Yahoo知恵袋「昔、福岡市で赤線があった地域を教えてください。
・絵はがき王国「福岡県

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Y氏・山田全自動こと山田孝之が福岡のちょっと変わった観光スポットや路上ネタを紹介します。2019年3月からはやや雑記ブログに方針転換しました。著書:福岡路上遺産(海鳥社)、福岡穴場観光(書肆侃侃房)、山田全自動でござる(BOOKぴあ)など
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