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【馬出】枯れていたけれど安部晴明が白龍を召喚して復活させ、のちに千利休も使った井戸が馬出にあった

枯れていたけれど安部晴明が白龍を召喚して復活させ、のちに千利休も使ったという井戸が馬出に!

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▲ 馬出にある翁別神社(おきなわけじんじゃ)。

[map addr=”福岡県福岡市東区馬出2丁目6−1”]
▲ 場所はこちら。福岡県福岡市東区馬出2丁目6−1

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▲ 団地内にある小さな神社です。

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▲ 神社の敷地内には井戸があり、古い手押しポンプ式の器具が設置されていました。

この井戸には興味深い伝承があるようです。

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▲ 横に設置されていた案内看板にはこう書かれていました。

平安時代のこと、元慶四年(八八〇)八月十六日の夕刻、この芦津浦の海人の苫屋に一人の女児が生まれ、十六宵と命名された。この子が七歳になるとき、浜辺の小高いところにしぜんに清水が湧き出したが、その清らかなことは明鏡のごとく、その味は甘露のようであった。

 十六宵はいつもこの水を汲んで髪を梳り、容姿を整えていたので、人々はこの池を鏡の井といった。そののち十六宵は輝くばかりの美女に成長したが、宇多天皇の御代寛平六年(八九四)三月、彼女が十三歳のときのこと、都からくだってきた奉幣使の橘卿は十六宵のことを聞き、彼女を官女にしようと都に伴うことになり、彼女の姿はこの浦から見えなくなった。すると、今まで湧き出していた清水はすっかり枯れて、池の跡はもとの砂浜になってしまった。そののち年を経て、陰陽師阿部晴明が唐からの帰朝の途次、この浦に立ち寄って鏡の井を尋ねたが、誰もそれを知る者はなかった。

 そこで晴明は携えていた杖を呪文を唱えながら空中に投げると、不思議にも杖はたちまち白龍に化して地上にくだるとみるや、大地は振動して裂け、清水が噴き出して空中高くほとばしり、龍は水に躍って水底に姿をかくした。晴明はこれを見て、これこそ昔の鏡の井であるとて、石を集めて井筒を築いた。これからこの井戸は干ばつにも枯れることなく名水と伝えられた。天正十五年(一五八七)に豊臣秀吉が博多を訪れ、千代松原で茶の湯の会を催したとき、随行の千利休はこの井戸の水を汲んで茶を点じて秀吉に奉ったということだ。

長いので要約すると、

・元慶四年(八八〇)に十六宵という女の子が生まれ、この井戸の水を汲んで髪をけずり、容姿を整えていたので、人々はこの池は「鏡の井」と呼ぶようになった。

・彼女がかなりの美人だったので奉幣使(天皇の使い)に見初められて都に行った

・すると井戸は枯れてしまった

・陰陽師の阿部晴明が唐から帰った時にここに立ち寄って「鏡の井」について聞いたけれど誰も知らなかった

・そこで安倍晴明が杖を呪文を唱えながら空中に投げると白龍が出てきて井戸を復活させた

・その後、豊臣秀吉が博多を訪れ、千代松原で茶の湯の会を催したとき、千利休はこの井戸の水を汲んで茶を点じて秀吉に奉った

ということらしいです。

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▲ この井戸は阿部晴明が復活させたものだったのか・・・。

というか阿部晴明関連の伝承が博多にもあるとは知らなかった。

他にも阿部晴明の伝承はあるのかな?

もしご存じの方がいらっしゃったら教えて下さい。

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▲ ちなみにこの翁別神社は古事記や日本書紀にも登場する武内宿禰(たけしうちのすくね)という人物を祀っているのだそうです。


▲ 武内宿禰といえば香椎宮の近くにある「不老水」と呼ばれる水の伝承でも有名です。不老水を飲むと300歳まで生きれるとか生きれないとか。(こちらの記事を参照 → 飲むと300歳まで生きれる水?!

武内宿禰と神秘的な水(井戸)というのはセットになっていることが多いのでしょうかね?

これらの関係性、気になります。

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Y氏こと山田孝之が福岡のちょっと変わった観光スポットや路上ネタを紹介します。著書:福岡路上遺産(海鳥社)
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