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佐賀城下に残る幕末〜明治の歴史遺産をめぐる歴史散歩

佐賀城下に残る幕末〜明治の歴史遺産を色々とめぐってみました。DSC05795
▲ 前回の「江戸から続く佐賀の中心地 佐賀城の見どころ」の記事では佐賀城内部の見どころを紹介しました。

今回は佐賀城の城下町に残る幕末〜明治の歴史的な遺産や古い町並みを見ながら歩いてみたいと思います。

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▲ まず、佐賀城の鯱の門から出てすぐにあるこちらの洋館。

明治20(1887)年築の旧佐賀県警察部庁舎です。

佐賀県に現存している西洋式の建物としては最古のものだそうです。

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▲ まだ藩政時代の空気が色濃く残る明治期に藩の象徴である佐賀城の目の前にこのようなモダンな洋館ができたことは周囲の人をたいへん驚かせたでしょうね。

昭和11(1936)年まで使用され、その後、蚕糸取締所などに転用されたのち、現在の「さがレトロ館」になりレストランや土産物店として使用されています。

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▲ ちなみに佐賀県庁の旧庁舎も明治20(1887)年にルネサンス様式で建てられていましたが昭和24(1949)年に火災で焼失しています。

現在の本館は1950年(昭和25年)に建てられていますが、これまたレトロで雰囲気あります。

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▲ 佐賀城から東に進んだ水ヶ江には佐賀藩の武士で第8代と第17代の総理大臣を務め、早稲田大学を創設した大隈重信の生家があります。

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▲ 江戸時代からの建物が現在でも残されていて当時の様子を知ることができます。※平成28年1月〜平成29年2月下旬までは改修工事のため中を見ることができませんのでご注意下さい。

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▲ 幕末の志士として活躍し、現在に続く新しい日本の基礎を作った人物がどういった暮らしぶりだったかがわかる貴重な遺産です。

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▲ 生家の横には大隈重信記念館が建てられていますが、この建物が不思議な形で面白い!

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▲ 昭和41(1966)年に造られた建物で、早稲田大学建築学科教授の今井兼次氏による設計。

この建物は色んな所で大隈重信を表現しているそうです。

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▲ 左側にある穴、これは大隈重信が暴漢に襲われて右足を失っていたのでそのことを あらわしているのだとか。

そして玄関部分の上を見上げると蝶ネクタイの形をした装飾があしらわれています。

正面部分の赤いガラス窓は大隈重信が着ていた赤いガウンをあらわしているのだそう。

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▲ 館内には大隈重信ゆかりの品々が展示され、その偉業を詳しく知ることができます。

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▲ また、佐賀城の西、赤松町の龍泰寺には大隈重信の墓があります。

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▲ こちらが大隈重信の墓です。

元々は龍造寺家ゆかりのお寺ですが、多くの佐賀藩士の菩提寺でもあったそうで、大隈家もここを菩提寺としていました。

また、現在は非公開とのことですが、大隈重信が暴漢に襲われて失った右足がホルマリン漬けにされ、この龍泰寺に安置されているのだとか。

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▲ ちなみに龍泰寺の本堂の一部は佐賀城本丸で使用されていた建材が転用されているそうです。

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▲ 龍泰寺からJR佐賀駅方面に向かうと、途中に鍋島家関連の資料を展示する徴古館があります。

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▲ 佐賀県内の博物館施設としては最古のもので、昭和2(1927)年に建てられた洋館が現在でもそのまま使用されています。

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▲ 江戸時代、現在徴古館があるこの場所は佐賀藩の藩校である弘道館があった土地です。

弘道館は大隈重信、佐野常民、江藤新平、副島種臣、大木喬任、島義勇など幕末から明治に活躍した多くの偉人を輩出し、佐賀における明治維新の基礎を作った学校だといえます。

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▲ 徴古館の横には肉まんじゅうで有名な「鶴乃堂本舗」があります。

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▲ レトロなお店のショーケースにはたくさんの美味しそうなおまんじゅうが並びます。

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▲ 肉まんじゅうは言うまでもなく、といった感じですが、個人的にオススメなのがこちらの玉子まんじゅう。

あま〜いふわふわの生地が最高に美味しいです。

ベンチが置かれていて店頭でも食べられますので歴史散策の休憩に最適です。

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▲ 次は佐嘉神社を見てみましょう。

佐嘉神社は十代藩主の鍋島直正と十一代藩主の直大が祀られています。

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▲ 入口には巨大な大砲が!

佐賀藩は日本で初めて鉄製大砲の鋳造に成功した藩でもあります。

それを象徴するように復元された150ポンドカノン砲が堂々と展示されています。

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▲ そしてカノン砲の後ろにはアームストロング砲のレプリカが鎮座しています。

戊辰戦争の際に佐賀藩が製造したアームストロング砲が活躍し、歴史を変えた大砲とも言われています。(※ただし佐賀藩が自前で全てを製造したかは諸説あり)

西洋のものを次々と取り入れていった佐賀藩の歴史がここに見て取れます。

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▲ そして、佐嘉神社に隣接する松原神社にも興味深いものがたくさんあります。

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▲ 本殿横のこちらの建物。

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▲ この建物の屋根組は江戸時代中期の建物にも関わらず西洋の技術が使われているのだそうです。

どういった経緯でこの建物が西洋建築を取り入れたのは不明ですが、やはり長崎警備で外国文化に近い立ち位置にいたことが要因になっているのでしょうかね?

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▲ あと、この灯籠もすごかった!

嘉永3(1850)年に有田の陶工から奉納されたものだそうです。

修復されてはいるそうですが、古さを感じさせないその佇まいに感動・・・。

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▲ 灯籠だけでなく白磁の鳥居もあります。さすが焼き物大国佐賀!

こちらは明治23(1890)年に奉納されたもの。

これだけ巨大な磁器を焼き上げる技術はスゴイですね。

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▲ そして松原神社の末社「松原河童社」にも不思議なものが。

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▲ こちらの木像。「兵主部(ひょうすべ)」と言われる河童です。

明和9(1772)年に彫られたものだそうで、神社の横に流れる松原川にいた河童から子供守るために奉納された木像なのだとか。

それにしてもムキムキボディですね・・・・。

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▲ 次は佐嘉神社近くを通る長崎街道を歩いてみましょう。

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▲ この付近には昔ならではの白壁の建物が数多く残っています。

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▲ また、旧古賀銀行のレトロな建物もあります。

古賀銀行は明治〜大正期に栄えた金融機関で、昭和8(1933)年の解散後は商工会議所などとして使われ、現在は佐賀市歴史民俗館として公開されています。

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▲ 古賀銀行の創設者である古賀善平の邸宅も残されています。

広大な屋敷はかつての繁栄を思わせ、かなり見応えがあります。

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▲ こちらの旧牛島家は佐賀城下では最も古い建物だと考えられているものです。

この周辺はまるでタイムスリップしたかのように古い建物が残っていて散策が非常に楽しいです。

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▲ こちらは旧三省銀行の建物。

一見、和風建築のように見えますがシャンデリアが取り付けられていたりして洋風な要素も持っています。

和洋ハイブリッドな姿からは、徐々に近代化していく様が読み取れて大変興味深いです。

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▲ その他にも紹介しきれないほどたくさんの古い建物が残っています。

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▲ 最後はこちら。寛永3(1626)年創業の老舗製薬会社、野中烏犀圓です。

寛政8(1796)年に滋養強壮の薬、「野中烏犀圓」を製造し現在でも様々な効能があるとして販売され続けています。

また、この野中烏犀圓には日本に二冊しか現存していないとされる解体新書の初版本があることでも知られています。ぜひ見てみたいものです。

Saga
城下町に残る幕末〜明治の遺産をめぐる歴史散歩、いかがだったでしょうか?

たくさんの場所を紹介してきましたが、まだまだほんの一部です。

佐賀市にはこれ以外にも佐賀城下を中心に様々な歴史の痕跡が残されています。

皆さんもぜひ佐賀で歩いて歴史を感じてみてくださいね。

三重津海軍所跡特設サイト
http://mietsu-sekaiisan.jp/

提供:佐賀県

Y氏(山田全自動)
ふるほん住吉店主:Y氏(山田全自動)
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福岡で古本屋「ふるほん住吉」の店主をしつつ、ブロガー/イラストレーター/執筆業などをしながら自由気ままに暮らしています。著書:福岡路上遺産(海鳥社)、福岡穴場観光(書肆侃侃房)、山田全自動でござる(BOOKぴあ)など
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