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【福岡の絵葉書】絵葉書でみる戦前のビリヤード

戦前の娯楽としてビリヤードはメジャーだったようで、絵葉書の中にもビリヤード場(撞球場・玉突場)の看板がよく登場する。

日本のビリヤードは江戸時代にオランダ人が長崎の出島に持ち込んだのが起源と言われている。

明治時代に東京にビリヤード場が作られ、大正時代ごろから全国的に流行したという。

昭和初期には全国に2万軒ほどのビリヤード場があったと言われる。

2021年現在、日本にスーパーマーケットは約2万店舗ほどあるそうだ。

それと比較すると、どれだけ多くのビリヤード場があったかイメージしやすいと思う。

こちらは昭和初期と思われる東中洲(現在の中洲大洋映画劇場付近)の絵葉書。

「撞球」の文字が確認できる。

そして、こちらは大正〜昭和初期の東中洲活動常設館通の絵葉書。

「撞球場」の文字と、4つの球とキューが交差したマークが描かれている。

現在、日本のビリヤードは、手球で9つの球をポケットに落としていくナインボールがメジャーであるが、以前は4つの球を使う「四つ玉」が一般的であった。

簡単に言うと、球を突いて2つ以上の球に当てれば得点になるというゲームである。

こちらは熊本の杖立温泉の絵葉書。

こちらにもビリヤード場のマークが描かれている看板が見える。

(ちなみに、隣に書かれている「コリントゲーム」とはスマートボールのことである。)

温泉の娯楽も卓球ではなくビリヤードが定番だったようで、温泉地におけるビリヤード場の絵葉書も多く残されている。

こちらは別府にあった日名子旅館のビリヤード場(玉突場)の絵葉書。

四つ玉はポケットに落とすものではないので、台にポケットがついていないのがわかる。



Y氏(山田全自動)
Y氏(山田全自動)
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福岡でブロガー/イラストレーター/執筆業などをしながら自由気ままに暮らしています。著書:福岡路上遺産(海鳥社)、福岡穴場観光(書肆侃侃房)、山田全自動でござる(BOOKぴあ)など
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