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【福岡の絵葉書】林芙美子「放浪記」に出てくる大正時代の直方

林芙美子「放浪記」の冒頭は大正時代の直方での暮らしが描かれている。

旅商いをしていた両親に連れられ、九州各地を転々と暮らしていた林芙美子であるが、石炭で栄える直方に大正3(1914)年に訪れ、「馬屋」という木賃宿で10ヶ月ほど暮らしている。

その生活がよほどインパクトがあったのか、「放浪記」の冒頭のほとんどは直方の話だ。

ただ、あまり好きな町というわけでもなかったようだ。

直方の町は明けても暮れても、どす黒い空であった。砂で漉した鉄分の多い水で舌がよれるような町であった。

門司のように活気のある街でもない。長崎のように美しい街でもない。佐世保のように女のひとが美しい町でもなかった。骸炭のザクザクした道をはさんで、煤けた軒が不透明なあくびをしているような町だった。

直方には数年前に訪れたことがあるのだが、撮影した写真を確認してみると、知らず知らずのうちに放浪記にも登場する林芙美子ゆかりの地を訪れていたようだ。

林芙美子が暮らした木賃宿の馬屋は須崎の商店街を抜けた場所にあったという。

この写真の左側の場所だ。

「一人で隠れてカチュウシャの映画を毎日見に行った」という映画館は現在サンリブがある場所。

母は多賀神社のそばでバナナの露店を開いていた。(中略)私はよく多賀神社へ遊びに行った。そして大勢の女や男達と一緒に、私も馬の銅像に祈願をこめた。いい事がありますように。

その馬の銅像が上記の写真。

須崎町公園には「私は古里を持たない。旅が古里であった」という放浪記の冒頭の一文が記された碑がある。

写真の左側に写っている。(たまたま写っていた)

絵葉書は大正〜昭和初期の直方の町並みと直方駅。

林芙美子が暮らしたのとほぼ同時代のものだ。



Y氏(山田全自動)
Y氏(山田全自動)
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福岡でブロガー/イラストレーター/執筆業などをしながら自由気ままに暮らしています。著書:福岡路上遺産(海鳥社)、福岡穴場観光(書肆侃侃房)、山田全自動でござる(BOOKぴあ)など
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