【高取】西新が発展するきっかけとなった紅葉八幡宮
高取にある紅葉八幡宮(もみじはちまんぐう)は西新が発展するきっかけとなった神社であると言われています。[map addr=”福岡県福岡市早良区高取1-26-55″]
▲ 紅葉八幡宮の場所はこちら。
▲ 明治通り沿いにある紅葉八幡宮の鳥居。
▲ 立派な鳥居ですが、よく見るとかなり細長い鳥居ですね。
紅葉八幡宮が現在の場所に建てられたのは大正時代になってからのことで、元々は早良郡の橋本村(現在の橋本八幡宮の場所)にあったのだそうです。
福岡藩の三代藩主 黒田光之が橋本村の育ちであり、紅葉八幡宮が産土神であることから特別な扱いを受け、現在の西新二丁目(西新パレス周り)に移され、大きな神社となりました。
西新二丁目に紅葉八幡宮が移され、さらに唐津街道沿いであったこともあり西新の町が発展しました。西新の発展のきっかけは紅葉八幡宮にあったんですね。
明治41年(1908)最新実測福岡市街全図を見ると確かに西新2丁目辺りに紅葉八幡宮と書かれています。
[map addr=”福岡県福岡市早良区西新2丁目10−25”]
▲ ちなみに西新パレスの裏にある「杉山神社」は紅葉八幡宮の境内にあったもので、かつてこの地に紅葉八幡宮があった名残りとなっています。
その後、大正時代に路面電車が通された際に高取に移され、現在に至っています。
▲ 明治通り沿いの鳥居から伸びる参道。
▲ しばらく歩くと左手に鳥居が見えてきます。この鳥居は黒田光之が奉納したものの再建バージョンだそう。
▲ 「黒田光之」名も確認できます。
▲ 應神天皇、神功皇后、菟道稚郎子命、玉依姫、軻遇突知命、大己貴命、事代主命、菅原神、印鑰命、稲倉魂命、金山姫命、埴安命を祀っているのだそう。
▲ 鳥居から階段を上がっていくと、途中に氏子が寄付金を贈った時に建てられる碑が並んでいたのですが、その中の一つに「頭山満」の名を発見。頭山満は政治団体「玄洋社」の創始者である人物です。
▲ かつて紅葉八幡宮があった西新パレスの横にはちょっとした緑地がありますが、この場所は頭山満の生家跡です。
かつて自宅の横にあった神社ですので移転した時や、改築されたりした時などに寄付金を贈ったのかもしれませんね。
▲ 御神水 利生の水。
藩主この地におこしの時、急の腹痛に悩まされるも、当地の山伏に祈祷を受け、井戸の水を飲むとたちまちに腹痛が治まったと伝えられる。
と書かれていました。
紅葉八幡宮は先に述べたように大正時代にこの地に移されていますが、山伏がいたということはかつてからこの場所は何らかの神聖な場所として扱われていたのかもしれませんね。
▲ 階段を登ると拝殿があります。
まさにパワースポットといった感じでご利益ありそうです。
▲ 紅葉八幡宮は安産祈願でも有名です。
また、西新商店街にある勝鷹水神社も紅葉八幡宮によって祈願が行われていてます。→ホークスを優勝に導いた(?)勝鷹水神社
何から何まで助かります!といった感じですね。笑
▲ ちなみに、紅葉八幡宮という名前の通り、秋の紅葉の時期にはこのように木々が真っ赤に色づいてキレイですよ。
紅葉八幡宮ホームページ
http://momijihachimangu.or.jp/
【参考サイト】
・Wikipedia紅葉八幡宮
・Wikipedia黒田光之