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【千代】「濡れ衣」の語源は博多にあった!

御笠川に架かる石堂橋の近くに濡衣塚があります。


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▲ 川のたもとにちらっと見えます。


▲ 何やらたくさんの碑や像があります。


▲ 道祖神などがあり、おそらくこの近辺に散らばっていたものをここに集めたのではないかと思われます。


▲ こちらは十三仏ですね。


▲ そして、これが濡衣塚です。

「濡れ衣を着せる」という言葉の語源となったと言われています。

濡衣塚 ~“濡れ衣”という言葉の由来スポット~『歴史』 福岡市博多区 ~福岡よかとこ.com~」のページによると、

その昔、聖武天皇の時代(8世紀頃)に、筑前の国司として、佐野近世が妻と一人娘・春姫を連れて赴任したが、在任中に妻が亡くなったため、土地の娘を後妻として迎え一女を授かったそうな。ところが、連れ子の春姫が疎ましく思えた後妻が、漁師に「春姫様が釣り衣を盗むので困っている」と近世に訴えさせ、その証拠にと、濡れた釣り衣を着て眠っている春姫の姿を見せられた近世は逆上してその場で春姫を切って捨てた

とのことです。

つまり、前の妻との子供をよく思わなかった後妻が濡れた衣を使って謀略を企てたということが語源です。


▲ 娘を殺めてしまった佐野近世はそのことを悔い、出家した後、濡衣塚を作って弔ったそうです。


▲ 「濡れ衣」という言葉の語源にそんなエピソードがあったとは!

また一つ勉強になりました。

【参考サイト】
濡衣塚 ~“濡れ衣”という言葉の由来スポット~『歴史』 福岡市博多区 ~福岡よかとこ.com~

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兵土 剛
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Y氏(山田全自動)
Y氏(山田全自動)
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福岡でブロガー/イラストレーター/執筆業などをしながら自由気ままに暮らしています。著書:福岡路上遺産(海鳥社)、福岡穴場観光(書肆侃侃房)、山田全自動でござる(BOOKぴあ)など
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