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【福岡】油山の名前の由来になったお寺

油山に正覚寺(通称:油山観音)というお寺があります。


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▲ 油山の片江展望台に行く途中にあるお寺です。


▲ この道を登っていきます。


▲ 緑豊かな森を抜けていきます。


▲ 石垣が見えてきました。


▲ 途中にも仏像などが色々あります。


▲ 苔むした石垣がいい感じ。


▲ この石門は「新羅式石門」というものらしいです。


▲ 案内看板には

黒田忠之公建立の桜門跡に明治23年(1890年)古代朝鮮から渡来した石門造の技法で建立されています。この石門は一人の修行僧が精魂込めて造ったもので。本来三層の屋根が二層になっているのは、建造中力尽きその結果の作といわれています。

と書かれていました。


▲ 石門をくぐると観音堂があります。


▲ 重要文化財にしていされている「木造聖観音坐像」です。室町時代の作だと考えられています。


▲ 実はこの観音像、2009年10月に盗難にあっています。その2ヶ月後の2009年12月、関西の古物商からオークションに似たものが出品されていると通報があり調べてみたところ、この観音像だったそうです。入手ルートをたどって犯人は逮捕されたそうです。

重文観音像盗んだ容疑で男逮捕 競売出品で無事押収、福岡


▲ 背後の油山といい感じでマッチする観音堂

Wikipediaの正覚寺によると、

正覚寺は、天平年間(729年~749年)西域(インド)の僧清賀が白椿で千手観音像を刻み一庵を結んだことが始まりと云われる。清賀が椿の実から油を搾る燈油製法を伝えたとされることから油山、油山観音の語の由来ともなった。当初は泉福寺と号した。

とありました。椿油の製法を伝えたとから油山といわれるようになったのですね!へぇ!

その後は勅によって720坊、七堂伽藍、付近一帯12万石余の寺禄という興隆をみたとも伝えられるが、戦国時代の天正年間(1573年~1592年)に龍造寺隆信の兵火にあい焼失する。その後元禄期に観音堂・客殿・鐘楼堂・庫裏などの諸堂宇が再建され、それに伴い元禄7年(1694年)に正覚寺と改められた。

と書かれていました。昔はこの辺りは修行僧たちがたくさん行き交っていたのでしょうね。


▲ 境内の椿の木。


▲ ちなみに、先日紹介したひばり観音も正覚寺の中にあります。

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Y氏こと山田孝之が福岡のちょっと変わった観光スポットや路上ネタを紹介します。著書:福岡路上遺産(海鳥社)
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