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古写真で探る 姪浜炭鉱の痕跡 その2

古写真で探る 姪浜炭鉱の痕跡 その2 です。

前回の記事はこちら。

桟橋跡を探してみる

次は↓こちらの古写真の桟橋がどのようになっているか探してみたいと思います。
https://qir.kyushu-u.ac.jp/infolib2/mlbes/zuzo/H-2-1-1.jpg

写真右奥に能古島がうっすら見えます。

こちらの昭和33年の航空写真で桟橋があり、かつ、能古島の稜線が一致する場所はおそらく下記の場所です。


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▲ この近辺と思われますので確認してみましょう。

▲ この場所から桟橋があったであろう方向を見たところです。

橋とマリノアシティにさえぎられて能古島が見えませんが、島の稜線が一致する場所はこの場所です。

▲ 周囲を確認してみると石積みの堤防が残っていて時代を感じさせます。

▲ このように石積みのものをコンクリートで固めているところもありました。

桟橋跡は西福岡マリーナマリノアの堤防になっているようですね。

小戸公園にあったボタ山

最後に小戸公園にあったボタ山がどうなっているか見に行きたいと思います。

▼ 下記の航空写真をみるとこのボタ山がいかに巨大だったかわかります。
http://kyushu.yomiuri.co.jp/magazine/showa39/001/photo/img/movie_002[0].jpg


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▲ 場所は現在の芝生広場部分にあったようです。

▲ 小戸公園のボタ山を地上から撮影した下記の写真と一致する場所を見つけました。
巨大なボタ山の写真はこちら

▲ このような感じでボタ山があったようです。

とんでもない大きさですね。

現在はすっかり無くなってしまっていますが、このボタ山の砂が姪浜地区の埋め立てに使用されたのだそうです。

▲ そしてこの砂浜にはボタ(石炭のかけら)とシャモット(ボタが発火してできたレンガのような物質)が大量に散らばっていました。

ボタ山のものが流れ着いたか、もしくは この砂浜にもボタが捨てられていたのでしょう。

▲ ボタ。何十年も波に洗われて丸くなっています。

▲ シャモット。こちらもツルツルです。

▲ シャモットの塊もありました。

ボタが自然発火してシャモットの塊になったのでしょう。

ところどころに石炭が残っているのがわかります。

意外なところに炭鉱の跡を見つけることができるものですね。

その他にも痕跡があるかもしれませんので今度じっくり調査してみたいと思います。

【参考文献】
・九州大学学術情報リポジトリ(QIR)の古写真
・姪浜の歴史「姪浜の位置や昔の古い写真
・YOMIURI ONLINE 九州発「小戸公園
・唐津街道姪浜まちづくり協議会「早良鉱業ぼた山

Y氏(山田全自動)
ふるほん住吉店主:Y氏(山田全自動)
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福岡で古本屋「ふるほん住吉」の店主をしつつ、ブロガー/イラストレーター/執筆業などをしながら自由気ままに暮らしています。著書:福岡路上遺産(海鳥社)、福岡穴場観光(書肆侃侃房)、山田全自動でござる(BOOKぴあ)など
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