【福岡市】西門通り・西門橋の名前の由来となった門

博多の御笠川にかかる橋の中に西門橋という橋があります。
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▲ 場所はこのあたりです。

▲ 西門橋と書いて「にしもんばし」と読んでしまいそうですが、「さいもんはし」が正しい読みのようです。
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▲ 西門橋にたどり着くには「西門通り」という一方通行の道を進んでいかなければなりません。
一方通行の延長線上にある橋ですので西門橋も一方通行です。そこそこ橋の幅はあるので一方通行には見えないです。

▲ 西門橋のたもとにこんなものを発見!

▲ 裏を見てみると明治三一年と書かれていました。おそらく昔、橋柱として使用されていたものでしょう。

▲ 旧町名を記したレリーフには「聖福寺の西門にあった町」と書かれていました。
なるほど、西門橋、西門通りの名前の由来も聖福寺の西門が近くにあったからなんですね。
聖福寺の西門は現在も残っているのでしょうか?ちょっと見に行ってみたいと思います。

▲ それにしてもこのあたりの町並みは昔ながらの博多の町といった感じで風情があります。

▲ 井戸らしきものもちょこちょこ残っています。

▲ これはまだ現役で使えそうな感じ。

▲ 西門通りにいい感じのおまんじゅう屋さんを発見。
佐座まんじゅう店、創業大正五年だそうです。

▲ ・・・誘惑に負けそう・・・・

▲ 負けました。おはぎを食べながら散策するものまた楽しです。

▲ 古い建物の酒屋さんがありました。

▲ 「大東亜戦争」の記念碑。

▲ その横に西門がありました。
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▲ 場所はこちらになります。西門橋から200メートルほどでしょうか。

▲ 確かに西門と書かれています。

▲ 意外とシンプルでこじんまりとした門でした。

▲ この門を抜けると聖福寺横の いい感じの小道に入っていきます。

▲ 西門橋周辺はとても雰囲気のあるいい町並みです。散策してみると楽しいと思います。
【こぼればなし】
西門通り脇の民家の隙間で発掘作業が行われていました。鎮西探題という鎌倉幕府の出先機関もこのあたりにあったそうですから(→ 「姪浜城は鎮西探題だったのか」を参照)今でも発掘すると色々と見つかるのでしょうね。



